「『自助・共助・公助』そして『絆』」──。菅義偉首相は10月の所信表明演説で、自身が目指す社会像をそのように語った。具体的には「まず、自分でやってみる。そして、家族、地域で互いに助け合う。そのうえで、政府がセーフティーネットでお守りする」という。
公的支援の前に、できる限り個人や家族の力で生活上のリスクに対応することは、従来行われてきた。とくに、家族の支え合いは日本の特徴だ。この背景には、皆婚社会の下で夫が正社員として安定的に雇用される一方、親の介護や育児などを妻が担うといった、世帯内の男女の役割分担を「標準」としてきたことがある。実際、公的介護保険が導入されたとはいえ、2019年に要介護者を抱える世帯に「主な介護者」を尋ねると、7割弱が「家族」と回答している。
そして、日本では家族が大きな役割を担っているために、政府の役割は小さい。一般に高齢化率が高ければ、社会支出(対GDP〈国内総生産〉比)も高い傾向がある。しかし日本は、高齢化率がOECD(経済協力開発機構)諸国中、断トツで高いのに社会支出は中位である。高齢化率を勘案すれば、日本は「低福祉」の水準だ。
加えて、単身世帯の増加など世帯構造が変容している。家族の支え合いが弱まる中で、日本はどう対応するのか。今、社会像として問われるのはこの点ではないか。
世界の福祉国家は、福祉サービスの主な担い手の違いから「家族依存型」「市場依存型」「政府依存型」の3つに類型化できるという(権丈善一『ちょっと気になる社会保障 V3』)。日本は家族依存型であり続けてきたが、家族機能が弱まる中で、市場依存型と政府依存型の2つの方向が考えられる。
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