スペイン風邪と呼ばれた100年前の世界的なインフルエンザ大流行後の1922年、内務省衛生局(当時)が『流行性感冒』と題する報告書を刊行した。世界中で4000万人が死亡したといわれるこの感染症に、日本を含め世界がどのように対応したかを克明に記録したリポートである。
当時の科学は、まだウイルスの存在を知らなかった。それでも、細菌学を基礎とする主流派の学説に基づき、ワクチンが開発・使用されもした。他方、陶器製の細菌濾過器を通過しても何らかの病原体が残ることを根拠に「濾過性病原体」説に立つ学派もあり、患者から発見された菌は真の病原体ではなく「2次的侵入者」だとした。
報告書は主要国で両派の学問的な論争があったことを詳細に紹介しつつ、主流派が唱えた細菌説については、「真正の病原体」であるとは立証されておらず、「未だ確実たる論定なきものなり」と結論づけた。主流派におもねることなく、断定を避けた記述には、学問への謙虚ささえ感じられる。
研究や学問の世界では、こうした論争はつきものである。異論、反論と互いに競い合うことによって、学問が発展してきたことも常識である。異説や反論と向き合うことで、自説についての理解も深まる。時の主流派が唱える学説がつねに正しいわけではない。他説の提唱者に敬意を払いつつ、それぞれの学問領域の流儀にかなう論争を許すことで、研究は進化を遂げる。必ずしも進歩とはいえないが、知識は変化し累積されていく。
ウイルスの発見のように、主流派の学説が根本から覆ること、すなわちパラダイムの転換もある。程度や流儀の違いこそあれ、自然科学だけでなく、人文学や社会科学の領域でも、異論、反論が繰り広げられることで、学問は「進化」する。それを可能にするのが、知の生産に敬意を払い、多様性・多声性を許容する学問共同体である。
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