[Profile] すずき・ともひこ 1966年、北海道生まれ。日本大学芸術学部写真学科除籍。雑誌・広告カメラマンを経て、ヤクザ専門誌『実話時代』編集部に入る。『実話時代BULL』編集長を務めたのち、フリーに。現在は週刊誌や実話誌を中心に暴力団関連記事を寄稿する。
運動でも始めようか、せめて食生活を変えようかと決意して何回目の春を迎えただろうか。実は、腹まわりがここ5年で10センチメートル増えた。かけ声だけは威勢がいいのだが、見た目が物語るように動きが重い。私のように、いま動かないでいつ動くんだ、と思いながらも動けない人に、本書は最適な一冊かもしれない。
50歳を過ぎたオジサンが、譜面の読み方も知らないところからピアノを始め、発表会に出るまでの顛末を描いたエッセイだ。
オジサンといってもただのオジサンではない。日常生活ではピアノと全く接点がない、ヤクザ取材を専門とするライターだ。拳銃を弾(はじ)いたり、弾かれたりする現場の似合うオジサンがピアノを弾(ひ)く。山口組分裂について硬派な記事を書きながら、「ド」の鍵盤を押して「いい音」と感涙する。取材相手のヤクザの組長に「艶っぽい先生と一緒に、手取り足取り腰取りかよ」とからかわれてしまうのもうなずける。
映画『マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴー』で流れるABBAの「ダンシング・クイーン」を聴いて、なぜか涙が止まらないほど感動してしまったのがきっかけだった。著者は昔から音楽に親しみつつも、ピアノは敷居が高かった。ピアノにずっと近づきたくても近づけなかったが、大きな仕事に区切りが付いた高揚感もあり、思い立つ。ピアノは弾けなくてもいい、「ダンシング・クイーン」を弾きたい。
音楽教室に問い合わせをして、電話越しに「『ダンシング・クイーン』を弾きたいんです。弾けるようになりますか」とハイテンションで聞きまくる。ちょっと怖いし無茶苦茶だが、無茶苦茶だろと突っ込ませない熱量が本書の最初から最後まで持続するから畏れ入る。
この記事は会員限定です
残り 784文字
