財政赤字の積極的な拡大を推奨する「現代金融理論」(MMT、Modern Monetary Theory)をめぐり、米国では経済学者たちがメディアを巻き込み、論争を展開している。その内容はわれわれ日本人にとっては失笑を禁じえないところがある。そして、ある種のデジャビュを感じるものでもある。
MMTにはいくつかの論点がある。米国の主流派経済学者がヒステリックに批判しているのは、「自国通貨で調達をする限り財政赤字はまったく問題ない」というMMTの主張である。これに対し、ケインジアンであるポール・クルーグマンは、「金利が下限のゼロ%に達している限りにおいてのみ、財政赤字の拡大は正しい」としてMMTを批判する。だが、これはMMTの主張を一部サポートしているといえる。日本人にとって失笑を禁じえないのは、「MMTもクルーグマンの主張も同じことだろう」と思えるからだ。
オールドケインジアンに近いクルーグマンの考え方は、主流派経済学者の中心的な考え方からは外れている。ほとんどの経済学者は、「財政赤字を増やし続ければ、経済モデル上はいつか必ず財政が破綻してハイパーインフレになる」と考えている。この「いつか必ず」という言葉を入れることによって、論理的にこれに反論することは難しくなる。ただし、こういう主張を主流派経済学者が続ける限りは、MMTの論者と議論が折り合うことは永遠にないように思える。
ここがまさに日本人がデジャビュを感じるところなのだ。わが国で過去20年にわたって行われてきた「リフレ派」対「反リフレ派」の論争とこのMMTをめぐる議論は、完全にオーバーラップするのである。
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