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橋本政権での行政改革は中身のない省庁再編成に 田中秀征 その3(全4回)

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たなか・しゅうせい●1940年生まれ。83年、衆院初当選。93年新党さきがけ結成、代表代行。細川政権の首相特別補佐。第1次橋本内閣で経済企画庁長官など歴任。(撮影:梅谷秀司)

自社さ連立政権ができた1994年6月、自民党は何が何でも政権復帰を、社会党は他党についていくしかない状況で、新党さきがけが言い出せば、3党連立が実現するという直感が働いた。自民党が2つに割れる好機と感じた。誤算は、さきがけの中から民主党を作る動きが出たことだ。

組閣前夜、村山富市さんは僕に2つのことを言った。「細川護煕内閣のときみたいな仕事を」、「最初に内閣の性格について3党首でじっくり話し合いたいが、どうか」と。僕は村山内閣を「第2次石橋湛山内閣」と想定した。3党首会談で明確な基本方針が出たらうまくいくと思ったが、「内閣の性格」の話に党首は乗ってこなかったようだ。

さきがけの大臣ポストは、3党協議で僕が「蔵相を」と言った。蔵相を取れば、政と官の関係の改革に力を発揮できる。具体的には特殊法人改革です。党代表の武村正義さんは知恵も腕力もある。情も厚いけど、闘いには負けない。

ただ、彼はバブル崩壊後で苦労した。14兆〜15兆円の補正予算の編成問題、株暴落、円高、金融不祥事が重なって大変だった。

村山内閣は消費税率の5%への引き上げを決めたが、村山さんは常識人で、人に任せる主義だから、増税も三党協議で割合、すんなり決まった。

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