欧米諸国との違いを感じたもう一つは、都心の街づくりの仕方であった。パリもロンドンもビジネスの場であると同時に観光の場であり、生活を楽しむ場として、街中には昼夜を問わずにぎわいが感じられた。他方で東京都心の夜間や週末は、街が閑散としていた。こうした状況を何とかしたいと思っていた矢先、六本木・旧防衛庁の土地約8ヘクタールが2001年9月に入札にかけられると知った。チャンスが来た、と思った。
「私のこれまでのデベロッパー人生の集大成をこの場所でお見せしたい。皆さまどうかご賛同を」と、当時は財務体質改善の途上であったこともあり機関投資家のトップを口説いて投資を呼びかけた。証券化の手法を使って三井不動産が40%、ほかの機関投資家5社が60%という比率でコンソーシアムを組み、1800億円で落札した。
これを高値づかみだと批判する人もいた。というのも2番札は1300億円で、500億円もの乖離があったためだ。実は、入札日の直前に起きた米国同時多発テロ事件の影響で、われわれの次に有力視されていた米機関投資家が降りてしまったのだ。私は収益還元法に基づいた合理的な価格づけだと思っていたので、批判は心外だった。六本木の位置づけも今ほど高くなかったので、社内にも、「そんなに高く買ったらビル2棟でやるしかありません」という意見もあったが「それは違うぞ」と私は伝えた。「ここの価値を磨いて一等地にする。住んで楽しい、買い物に来て楽しい、働きがいもある、 緑豊かで芸術も楽しめる、東京を代表する次世代の街づくりをするんだ」。
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