米国株は2009年3月に底を打ってから3.3倍も値を上げている。筆者が提唱してきた景気循環調整済み株価収益率「CAPE」(割高感を測る指標)によれば、米国株は世界で最も割高だ。この株高は正当化できるものなのか、それともバブルか。
株高の根拠とされるのが、好調な企業業績だ。09年第1四半期〜18年第2四半期に株価指数S&P500の構成銘柄の1株当たり利益は3.8倍になった。トランプ政権が発足した17年1月からの20カ月間でS&P500は24%上昇。この間、企業の1株当たり利益も20%増と、株価と同じくらい伸びている。
つまり株価と利益はほぼ1対1の対応を保って、共に拡大してきた。これをもって、現在の株高は単に米国経済の力強さを反映しているだけでバブルではない、と結論づける向きもあろう。
だが、企業業績とはそもそも不安定なものだ。業績拡大はわずか数年で終わることも珍しくない。実際、米国の株式市場は劇的な局面変化に幾度となくさらされてきた。たとえば08年第4四半期にS&P500構成銘柄の1株当たり利益はリーマンショックで減損が相次ぎ、赤字に転落した。
市場参加者は企業業績に過剰反応してはならないことを知っているはずだが、時折、教訓を忘れる。ある見方が世の中で支持を集めると、そうした見方に惑わされて、誤った考えを抱くようになるのだ。
1世紀前の事例を見てみよう。1914〜16年の2年間で企業の利益は2.6倍になったが、株価は16%しか上がらなかった。これに対し、「狂騒の20年代」には29年までの8年間で企業の利益は5倍超拡大、株価も4倍を超える上昇となった。
市場の反応が分かれたのは、株価を取り巻くストーリーが違ったからだ。16年当時は、企業業績の拡大は第1次世界大戦勃発に伴う欧州からの戦争特需によるもので、すぐに元に戻ると考えられていた。一方、20年代に株高を支えたのは外国の戦争の話ではなく、自由と自己実現の物語だった。だが、このような時代のムードにもかかわらず、20年代末には株価と企業収益は共に大暴落した。
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