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1カ月ほど前になる。去る2月12日、北朝鮮が弾道ミサイルを発射した。日米初の首脳会談のさなかという時機である。
威嚇なのであろうか。ミサイルの実験は少し前に何度もくりかえした後、しばらく途絶えていた。急に思い出したかのような挙は、何をねらったのか、よくわからない。
まさか祝砲でもないだろう。米国新大統領が日本の首相を大歓待したタイミングだった。ミサイルの発射が、必ずしも順調ではなかった日米韓の結束を促してしまうことくらい、北朝鮮もわからないはずはあるまい。現にまもなく日米韓の要請で、国連安保理も非難声明を出すことになった。中国を巻きこんだ制裁の強化もはじまっている。
しょせんは権勢争い
金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長の異母兄・金正男(キムジョンナム)の暗殺が報じられたのは、その矢先だった。耳目は一挙にそちらを向いて、ミサイルはもうそっちのけ、忘れ去られたようでもある。
ニュースを見た家内は、まるで時代劇みたい、と感想を漏らしていた。しかり、政治権力にからむ暗殺事件は、過去に少なくなかった出来事ではある。日本だって、源実朝や大久保利通、伊藤博文、原敬のそれがあった。ローマのカエサル、米国のリンカーンやケネディなど、西洋も近現代も例外ではないから、今の北朝鮮だけの話ではない。
もっとも暗殺というのは、権力者の横死が大きなインパクトを与えないかぎり、歴史には残らない。死者に対する哀惜を除いて、さらに二つの側面があろうか。
一つは、暗殺側に荷担する情理である。権力の抑圧に対するレジスタンスへの共感も、決して少なくはない。いま一つは権力側の事情で、予期せぬトップの消失は、現行の政策、あるいは体制に突然の断絶をもたらす。そのために、多くの人々が影響を受けざるをえない。桜田門外の変・井伊直弼の暗殺などは、両面兼ね備えた事件である。これなら歴史に残っておかしくない。
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