アベノミクスとは、大胆な金融緩和によって円安になれば、輸出や設備投資が伸びるだけでなく、好調な企業収益が賃上げにつながり、経済全体を好循環に導くという想定=トリクルダウン理論に基づくものだった。望みどおりにいかなかった背景には輸出の伸び悩みなどもあるが、日本銀行が目指す物価目標との関連では、賃上げが小幅にとどまった影響が大きい。原油安だけなら問題は一過性だが、賃金が上がらなければ簡単には2%インフレは実現しない。
今春のベースアップ率は、過去最高の企業収益と人手不足の深刻化にもかかわらず、昨年実績を下回った。しかも、それは多分に労働組合の要求自体が及び腰だった結果である。実は、パートやアルバイトの時給は労働需給を素直に反映して前年比2%程度上がっており、むしろ正社員の賃上げのほうが鈍い。政府・日銀の好循環への期待は、企業内に取り込まれたメンバーシップ型の従業員を含めた日本的な企業連合体に阻まれたことになる。
賃上げ不発の背後には、企業収益好調の持続性への疑問、すなわち高収益は円安・原油安で下駄を履いた結果ではないかという問題がある。現に、大企業製造業の経常利益は円安が止まった途端に減少を始めており、本当に「稼ぐ力」が身に付いたのか疑問符がつく形になっている。
書店に行けば、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)、フィンテック、シェアリングエコノミーなどを扱った本が山積みだ。1990年代のIT革命に次ぐ新たなイノベーションの波が到来しつつあると誰もが感じるだろう。そして筆者の一番の心配は、こうしたイノベーションへの日本企業の対応力である。米国企業の優位はもちろんだが、中国やドイツの企業が台頭する中で、日本企業の存在感はIT革命の頃と比べても薄れている。足元の収益が過去最高でも、10年先の競争力への自信がなければ、生涯にわたる雇用を期待する日本の労働者がベースアップ要求を手控えるのは決して不思議ではない。
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