「失われた20年」は過去の遺物なのか? それとも……。
米国の利上げ第1弾が実施され値動きが荒い日本株だが、筆者は2016年の見通しに依然として強気である。
日本企業の利益成長やバリュエーション上昇などから、なおも十数%の潜在的上昇余地があると見ている。米利上げに伴う円安ドル高の継続、底堅い消費や賃金上昇期待など、日本株上昇を支持する材料は多い。
ただ13年から始まった好況が真に構造変化の結果かどうかは議論の余地が大きいことも事実。もし、足元の日本経済・日本株高が単に過去から続く循環局面の一時点にすぎないとしたら? 今回はそう考えた際の極端なリスクシナリオを検討したい。
1990年代初頭のバブル崩壊後に続いた日本経済および株式市場の低迷は「失われた20年」といわれる。90年代から始まったデフレがその後20年程度も継続し、経済成長が鈍化した状況を総称したものだ。この長期的な低迷は、構造論からリスクを考えるうえではいいサンプルである。
見るべき指標はPBR(株価純資産倍率)が妥当だろう。PBRはPER(株価収益率)と比べると変動が安定的なため、企業の資産価値が緩やかに変化する長期での株価評価に適している。
まずTOPIX(東証株価指数)のPBR推移を見ると、90年の前後で大きく形状が変化しているのがわかる(図1)。80年代後半のバブル期は急速にPBRが膨れ上がったが、バブル崩壊後は一定間隔で繰り返し山と谷とをつけつつ、同時に一貫した下方トレンドを描いている。とりわけ「失われた20年」の開始点といわれる91年以降の動きは顕著だ。瞬間的に異常値が見られた93年を除けば、ほとんどこのトレンド線上にある。
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そうした視点で現在を見た場合、TOPIXのPBRはすでにピークアウトし、ダウンサイドに転じているように映る。
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