「あの人は、何事についても独創的な意見を持っているすばらしい人だ」「会議では、いつも滔々(とうとう)と自分の意見ばかり述べている。協調性のない人だ」この相反する二つのコメントは、同じ人について述べられたものである。
長所と短所はコインの裏表という言葉もあるが、まったく同じことを指しているのに、見方によって評価が百八十度異なるケースが世の中には多々ある。
その典型の一つが「世代間の不公平」だ。たとえば、今の高齢者は支払った社会保険料の4倍前後の年金がもらえるのに、若者は2倍前後しかもらえない。こんな不公平は許されない、とアジる人がいる。よく考えずに聞けば、正論だ、けしからんと思うだろう。
立ち止まって少し考えてみよう。今の年金制度ができたのは1961年、当時は、「サッカーチーム」一つで高齢者一人を支えていた。支える期間は男性で約5年。少子高齢化が進み、今や、サッカーチームは「騎馬戦」に、やがて「肩車」になろうとしている。そして支える期間は男性で約20年。これでは、不公平になるのが当たり前だ。
つまり、「世代間の不公平」という正義に訴える言葉は、「少子高齢化(に伴う人口構成の変化)」という言葉を、言い換えたものにすぎないのだ。
少子高齢化と同義だとすれば、元の状態に戻すしか「世代間の不公平」を根本的に解決する方法はない。つまり、無差別に移民を受け入れてでも支える側をサッカーチームに戻す(おそらく無差別に受け入れても足りないだろう)。そして、平均寿命も短くする。
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