停滞を打破するには人材を登用せよ。日本の歴史を振り返ってみると、それが難局打開の定跡のように思えて仕方がない。好例中の好例は、享保の改革や明治維新であろう。それまで活躍の場を与えられなかった下級階層から有為の人材を登用した効果は計り知れないほど大きかった。
国として見れば、織田信長や豊臣秀吉も人材登用に相当する。市井の感覚を持った彼らは、世界に先駆けて日本に広域経済圏を作り上げた功績を持つ。彼らのいない日本にポルトガルやスペインから外航船がたどり着いていたらと想像すると空恐ろしい。インドやインドネシアと日本が同列に扱われなかった保証はどこにもない。
戦後の復興にも似た面がある。敗戦が、信長や秀吉と同様の下克上を可能としたからである。それなのに、日本が米国顔負けのベンチャー大国であることを知る人は、意外と少ない。
松下幸之助や本田宗一郎や井深大は、世界に知られる巨大企業を作り上げた。それゆえ、彼らが一手に耳目を集めるのは無理もない。ところが、彼らに類する起業家は、上場企業の歴史をひもとくだけでも、何百という単位で活躍したことがわかる。日本が世界第2位の経済大国になったのは、勤勉な労働者の偉業と言いたくなるのもわかるが、表に出てこない起業家の功績を忘れてはならないと思う。
戦後ベンチャーの旗手たちには、学歴エリートがほとんど見当たらない。彼らが戦前と同じ体制下の日本で成人していれば、おそらく埋もれていたのであろう。戦前の日本では、渋沢栄一らの知己でも得ないかぎり、容易に起業などできなかったからである。そう考えると、戦後ベンチャーも人材登用の好例と言ってよかろう。
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