故・川島なお美さんの「選択」に惜しむこと 医師への「反発」でも「従属」でもない関係とは

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渡辺さんの場合、それ以前にも白血病を患った経験があり、夫人の南果歩さんも乳がんの経験があります。こうした経験の中で「患者力」を身につけていたことが、勇気ある決断につながったのかもしれません。医師と十分に対話し、自分の中での優先順位をつけることは、「患者の力」としての大きな要素です。

川島なお美さんも、腫瘍が見つかった段階で生検(直接体内のがんの一部を取って調べる検査)を受け、がんであることを確信できていれば、舞台を中止してでも手術にもっと早く踏み切れたのではないでしょうか。そして、そのための対話を医師との間で最初からうまくできていたならば、川島さんの決断も違ったものになったかもしれません。科学的思考を持つ医師が、画像だけを見て100%がんであると断言することはまずない、ということを知るだけでも、川島さんの対応は違っていたかもしれません。

医師に言われたことに従うだけ、あるいは反発するだけではなく、患者が医師とうまく対話をできる協働作業の関係を創りあげていくことが、これからの医療に望まれます。

これからの医療に必要な「コンコーダンス」って何?

「コンコーダンスの医療」という言葉を耳にしたことがあるでしょうか。医療者の間にもまだ十分に浸透していない用語ではありますが、私はこれが、これからの時代に必要な新しい医療のキーワードだと考えています。患者と医療者の関係性を表す医療用語のトレンドは、「コンプライアンス」から「アドヒアランス」、そしてこの「コンコーダンス」へと移り変わってきました。そういっても、多くの方には何が何やらわからないでしょう。そこで、これらの用語の普及に関して、歴史的な変遷をたどってみましょう。

患者と医療者の関係性において、最初に問題になったのは、「患者コンプライアンス」の問題でした。コンプライアンスとは一般的に、「法令順守」と訳され、企業の活動の中で法令に従って行動するという意味で使用されます。しかし、医療の中でコンプライアンスといえば、通常「医療者の処方や服薬指導、療養生活の注意に従わない」という意味で使われます。たとえば、医師が「あの患者はコンプライアンスが悪い」と言ったとき、「あの患者は医師の言うことに従わない、困った患者だ」という意味が含まれています。

病棟や自宅などで医療者の期待に背き、療養生活を勝手に(自由に)行動する患者の場合も「病識がない患者」と呼ばれてきました。病人であることの意識が欠如しているという意味です。患者に病識があれば、医療者の言うことに従うのが当然であり、病識がないからコンプライアンスが悪いという論理です。

ここでは、患者は医療者の指示や命令に従うことが当然であるという、上下関係が前提とされています。「医療者の指導に従わないのだから、従わない患者がいけない。従わないのは患者側の問題である」といった考え方がされてきたのです。こうした患者に対して医療者はあきらめの境地に至り、いずれ責任を放棄する態度で接することになります。

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