妻にはビジネススクールを出た頃から、何か事業を始めるかもしれないと伝えていた。妻にゆかりのある土地での起業でもあり、大きな反対はなかった。
出世の道筋が見えた30代に見つけた楽しみ
会社ではどうか。相談していたのは、ごく近しい仲間だけだったという。それでも、大企業の看板を捨てることに不安はなかったのか。筆者の問いに対し、是本さんは「30代も後半に差し掛かる頃には、自分は会社で出世する大通りにはいないと感じていました。ただ、仕事は楽しいから、それでもいいと思っていたんです。独立後の熱量で会社の仕事に取り組んでいたら、もっと出世していたかもしれません」と振り返る。
そんななかで、チーズづくりと出会い、奥深さに魅了された。上司に退職を伝えると、驚かれながらも、前向きに受け止めてくれた。
「同業他社や関連企業に移る人はいるんですけど、『チーズ屋? 何それ』って。反対はなかったです。競合に行くわけじゃないので、みんな温かく送り出してくれました」
そうして、15年に45歳で退職。株式会社ボスケソを設立した。スペイン語の「ボスケ /Bosque= 森」と「ケソ /Queso= チーズ」の造語で、森の中のチーズラボをイメージした社名だ。
退職によって会社の看板を失った、とも言い切れない。退職から10年以上経った今でも、お客さんや地域の人々から「元ホンダのF1の人ですよね」と声をかけられると話す。長年の経歴が、チーズの世界で人に覚えてもらうきっかけにもなっている。手を抜かず、真摯に仕事に向き合ってきたからこそ、会社の看板は今も是本さんの支えになっているのだ。
もっとも、それはチーズ職人を始めて、10年以上経った今だからこそ言えること。起業当初は苦労の連続だった。かつての同僚や上司は、今も会いに来てくれる。しかし、応援してくれる人がいても、事業が順調に進むとは限らない。チーズ作りを仕事にした是本さんを、開業後に待っていたのは厳しい資金繰りだった。


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