EUの北極文書における中国認識は、初期の「協調と警戒の混在」から「地政学的な競争」、そして明確な「対抗」へと段階的に深刻化してきた。
11年に中国企業がグリーンランドの鉄鉱石やレアアースをめぐる大規模投資に動いたことを受け、EUは強い危機感を抱いた。しかし、12年版の北極政策では、公式文書に「中国」を名指しすることはなく、EUの原材料戦略(Raw Materials Strategy)の一環として、北極圏諸国と戦略的パートナーシップを構築し、資源へのアクセスを確保するという一節が盛り込まれた。
EUの北極戦略における中国
中国の資源獲得の動きを牽制する文脈が初めて政策に盛り込まれたのは、中国が北極評議会の正式オブザーバーとして承認される前年のことであった。
16年版の北極政策においては、中国は「環境保護・科学研究、および海事ルールの遵守」の文脈で、インド、日本、韓国、シンガポールとともに「北極圏外のアジア諸国(Asian states 'beyond the Arctic')」との併記で、気候変動や海洋秩序といった共通の関心事について、対話・関与(engage)していくという、協調的な文脈で記載されていた。
しかし、中国が18年に「氷上のシルクロード」構想を発表し、自らを「近北極国家(Near-Arctic State)」と自称し始めたことで、EUの中国に対する警戒が大きくなった。
EUは19年に中国を「体制上のライバル(Systemic rival)」と位置づけ、NATOも21年に「体制上の挑戦(Systemic challenge)」と定義した。こうした欧米全体の対中認識の硬化を背景に、21年版の北極政策において、中国の位置づけは明確に「地政学的競争」の文脈へと移行した。
中国による北極圏のインフラ投資や重要鉱物の独占に対する警戒が強まり、「EUの戦略的自立」を阻む存在、一方的な開発による環境破壊の懸念対象、ルールに基づく国際秩序への脅威として、批判的に記述された。
特筆すべきは、この21年版文書がロシアによるウクライナ侵略の前年に公表されている点である。この点を踏まえれば、EUの北極政策・戦略における中国は、「ロシアと連携する中国」としてだけでなく、「西側の体制へ挑戦する中国」として21年までにEUから認識されていたということだ。そうした中国に対して、EUは「政策による警戒」から「戦略による対応」へと北極を巡る中国への視座をシフトしている。

