今回登場するのは官僚、ファッション誌の編集者、スタイリストという異色の経歴を経て、41歳で弁護士になった海老澤美幸さん。30代半ばで法科大学院(ロースクール)に入り直し、2014年の司法試験では不合格になったものの翌15年、2度目の挑戦で合格を果たしました。
大きなキャリアの転換と受験を繰り返しながらも、常に前を向いてきた海老澤さんに、司法試験浪人の経験と現在につながる生き方を伺いました。
ファッションに興味、高校から慶應女子へ
海老澤さんは北海道で生まれ、父は自衛官、母は専業主婦という家庭で育ちました。
父の仕事の関係で10歳まで青森に住んだ後、東京に転居し、都内の公立小学校・公立中学校に通います。
「普通の子でした。ただ、中学生くらいの頃からファッションに興味を持ち始め、将来はファッションの仕事がしたいというぼんやりとした夢を持っていました」
勉強は苦手ではなかったという海老澤さん。中学に入ってからは高校受験のために塾に通い、難関校である慶應義塾女子高等学校に合格しました。
「幸い両親ともに教育に熱心で、どの高校がよいかを父親が調べてくれたり、家族で一緒に学校を見に行ったりしました。塾では親しい友人もでき、よい講師の方々にも恵まれ、塾通いも苦にはなりませんでした」


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