考えた末、自治省を退職した海老澤さんは、新聞の人材募集で偶然見つけた宝島社に入社。『CUTiE』『SPRiNG』などのファッション誌の編集者として4年間働く中で、スタイリングへの関心が高まっていきます。
そんなとき、海外では「ファッションエディター」が編集だけでなくスタイリングも手がけることを知りました。そしてスタイリングを学ぶため、海老澤さんは宝島社を退職し、高校のときに短期留学して好きだった街・ロンドンへ渡ります。
ロンドンでは「ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション」に在籍しながら、1年半にわたってスタイリストアシスタントも経験しました。その後、帰国してフリーランスのファッションエディター・スタイリストとして『ELLE Japon』『GINZA』『Harper's BAZAAR』『Casa BRUTUS』などの雑誌で活動しました。
ファッション業界で法律問題に直面し弁護士を志す
フリーランスで活動していた海老澤さんは、ファッション業界における写真の二次使用や、クリエイターへの報酬をめぐる問題を強く意識するようになります。
「雑誌の誌面用に撮影した写真をポスターや電車の中づり広告などに二次使用する際、一部のクリエイターに使用料が払われなかったり、連絡すら来ないケースもありました。
また、2010年頃は、ちょうど雑誌のデジタル化が進められていたタイミングで、二次使用問題が業界でも議論になっていたのですが、個人的に調べた限り、ファッション業界に詳しい弁護士はあまりいないように感じたんです。
ちょうど司法制度改革によりロースクールを卒業すれば司法試験を受けられるシステムになっていることを知りました。ファッション業界に精通した弁護士がいたらいいな、それなら自分が弁護士になろう、と思いました」
こうして海老澤さんは2011年3月末でフリーランスの仕事を全て辞め、4月から法科大学院の入学試験に向けた勉強を開始。2012年4月に一橋大学法科大学院の法学既修者コース(2年間)に入学します。
「ロースクールは、法律学習が未経験の人向けの未修コース(3年間)と、法律の基礎知識がある人向けの既修コース(2年間)があります。“一橋ロー”は難関校の一つなので、既修コースには絶対受からないと思っていたのですが、ラッキーなことに入学することができました。社会人経験者で変わった経歴なのがよかったのかもしれません。
なんといっても合格率が高いことや、1学年90人程度とちょうどよい規模であることなどに惹かれました。実際に入ってみると、周囲はとにかく勉強できる優秀な若者だらけで、本当に大変でした」
ロースクールの2年間は、海老澤さん自身「勉強がとにかくつらかった」と語ります。大学卒業から長い年月が経ち、法律知識はほぼゼロの状態。講義の受け方やノートの取り方すら忘れていました。
授業についていけない日々に「仕事をしている方がずっと楽だった」と率直に振り返ります。
それでも友人たちがノートの取り方や勉強の仕方を丁寧に教えてくれたことで、なんとか卒業を果たします。しかし、ロースクール修了後の2014年に受験した司法試験は残念ながら不合格に終わりました。
司法試験浪人を決意した理由を聞くと、「3回までは受けるつもりだったから」と答えてくれました。
「ロースクールでは授業に全然ついていけなくて、試験もそんな感じのまま受けたから落ちてしまいました。悔しかったです。ただ、せっかく勉強したので、何年かはやろうと思っていました。
どちらにしても社会人として時間が経っていたし、年齢的に記憶力も衰えているから、1年で受かる可能性はそんなに高くないだろうとは思っていました。当時は5年で3回しか受けられない制度だったので、3回までは受けるつもりでいました」


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