慶應女子での3年間も「ひたすら楽しかった」と振り返ります。
「内部進学で大学に上がれることもあってか、全体的に自由な校風でした。先生の誕生日に授業内でパーティーをしたり、クラス対抗の演劇大会があったりと、のびのびとした校風の中で過ごしました。ハロウィンや文化祭などの行事もとても楽しかった思い出です」
演劇大会では衣装担当を務め、ファッションへの関心はより深まっていきます。
「できれば大学に行かずにファッションの学校に行きたかったのですが、親にも説得され、内部進学できる環境でもあったので、そのまま慶應に進むことを決めました」
慶應義塾大学への内部進学では、法学部法律学科を選択。「明確な理由はなかった」といいますが、女性が生きていくために仕事につく必要があるという意識と、「選択肢が広がるのではないか」という感覚から法律学科に進みました。
大学の4年間はダンスサークルの活動に明け暮れ、セレクトショップ『BARNEYS NEW YORK』で念願の販売スタッフのアルバイトも経験します。大学生活を謳歌していた海老澤さんですが、3年生になって就活を始めようとしたところ、気づけば民間企業の募集がほぼ終わっていました。
「ダンスばかりやっていたので、気づいたら就活の時期を逃していました。急いで調べたところ、公務員はまだ間に合いそうだということがわかりました。父が自衛官など周りに公務員が多かったことや、一人っ子ということもあり、きちんと生活していくためには安定した仕事につかないといけないなと。それで公務員試験を調べたら、国家公務員採用I種試験(現:国家公務員採用総合職試験)が一番難しいと知り、せっかくなら一番難しい試験に挑戦してみようと受けることを決めました」
こうして大学3年生から予備校で1年間勉強して合格。官庁訪問を経て自治省に内定をもらい、入省しました。
自治省を1年半で辞め、宝島社・ロンドンへ
自治省入省後は地方へ出向して実務経験を積んでいた海老澤さん。赴任した岐阜県はもともと繊維産業が盛んな土地でしたが、当時の駅前はシャッター街になっていました。
その光景を目の当たりにして、「そういえば自分はファッションがやりたかったんだ」という気持ちが急に戻ってきます。
「繊維産業やファッション産業を盛り上げるにはどうしたらいいか?と考えたときに、もちろん自治省の一官僚として地域振興に取り組むこともできたと思います。実際、当時の岐阜県庁での仕事はとても楽しくやりがいのあるものでした。
一方で、仕事は人生のほぼほぼの割合を占めることになりますよね。ファッション業界のことだけを考えるためには、ファッション業界の中に自分自身が身を置く必要があると考えました」


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