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「この子も役者のはしくれだから、全部見せるの」…樹木希林が最期の1カ月に浅田美代子へ託した、"生きざまと死にざま"

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浅田美代子さんと樹木希林さん
浅田さん、希林さんの2人でバリ島へ旅行したときのお気に入りの一枚。「格安キャンペーンの航空券を希林さんが手配してくれて7万円くらいで行けました」(浅田さん)(写真:HALMEK up提供)

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樹木希林さんが亡くなったのは、2018年9月。今もなお、その生き方は私たちに勇気を与えてくれています。45年間親交を深め、最期の1カ月、傍らに寄り添った女優・浅田美代子さんが、2人で過ごした日々と、希林さんから受け取った教えを振り返ります。
(写真:HALMEK up提供)
※インタビューは2021年10月に行いました。

自分の命を生き切り、物の命を使い切る

浅田美代子さんと樹木希林さんの深い交流は、浅田さんのデビュー作であるドラマ「時間ですよ」(TBS系、1973年)での共演以来、希林さんが亡くなるまで続きました。

当記事はHALKEK up(運営:ハルメクホールディングス)の提供記事です

「希林さんはよく我が家にやってきて、私が作る“ありもの料理”を『おいしい』と食べてくれました。それから『洗い物係は私だから』と言って洗い物を全部してくれるんです。時にはワインを飲んでソファで眠り込んでしまったり。そういう希林さんを見るのは、うれしかったですね」

「お互い嘘がなく、気を使わず、相手の毒も知っていて、一緒にいて楽だから仲良くいられたのだと思います」

希林さんは“こうしなさい、ああしなさい”と口出しする人ではありませんでしたが、「美代ちゃんが死んだらまわりの人が迷惑だから、物を減らしておきなさい」ということだけは最後まで言い続けていたそうです。

「“余計な物を持たない、買わない”を希林さんは貫いていました。靴は3足だけ、服も数着しか持たず、ほとんどおさがりでした。『今日の服は也哉子(ややこ・娘の内田也哉子さん)のおさがりで、首元が寒いから、長い裾を切って襟にしたの』とか『男性用のズボンを切って、脚の部分を袖にしてみたの』とか、いつも奇妙な格好をしていましたね(笑)」

「けれど、それが希林流になっていて、何だかかっこよくて。きものを作り変えてドレスにしたり、着倒したセーターはほどいてパッチワークのベッドカバーにしたり。物を持たないことはもちろん、物の命を使い切ることを希林さんは大事にしていました」

【写真を見る】「この子も役者のはしくれだから、全部見せるの」…樹木希林が最期の1カ月に浅田美代子へ託した、"生きざまと死にざま"(3枚)
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