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ライフ #日本野球の今そこにある危機

松井秀喜に「名選手必ずしも名監督ならず」は当てはまるのか…? 「織田翔希のドラフト強行指名」翌日の就任発表の"深い意味"

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巨人の監督就任会見で、山口寿一オーナーと握手する松井秀喜(写真:時事)
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筆者はこうした日本人メジャーリーガーが日本へ帰ってくる目的の1つが、個人契約をしたファイナンシャルアドバイザーと資産運用の相談をするためだ、と聞いたことがある。

MLB球団も、こうしたチームの功労者に報いるため、オーナー付きアドバイザーなどの役職を与え、若手の指導をさせたり、球団のイベントに出演させたりしている。

松井の場合も、2015年からニューヨーク・ヤンキースのGM付特別アドバイザーという肩書で、傘下のマイナーチームの打撃指導などをしている。今を時めくヤンキースの中軸打者、アーロン・ジャッジもマイナー時代に松井の指導を受けた一人だ。

いわば「悠々自適」の境遇の松井秀喜が、今さら「火中の栗」を拾う必要などない、ということなのだ。

長嶋茂雄との「生前の約束」

松井秀喜の心境に大きな変化があったとすれば、昨年6月3日、長嶋茂雄が89歳で逝去したのがきっかけだろう。前述のとおり、ドラフトで長嶋が松井のくじを引き当てて以来、長嶋茂雄と松井秀喜は強固な師弟関係で結ばれていた。

長嶋はマンツーマンで松井を指導した。スイングの音を聞くだけで、松井の打撃の好不調がわかるとされ、松井は長嶋の前で素振りを繰り返した。MLBに移籍してからも、松井は国際電話の受話器の前でスイングをして、長嶋に打撃の調子をチェックしてもらったという。

松井がMLB移籍を決断した2002年は、巨人の監督は原辰徳に代わっていたが、松井は前監督の長嶋と長時間話をした。長嶋は当然ながら残留を求めたが、松井のMLBへの思いは断ちがたく、恩師を振り切る形で松井はヤンキースに移籍した。

しかし前述のとおり移籍後の松井は、なおも長嶋に教えを乞うた。長嶋もわだかまりなく松井を指導し続けたのだ。

2004年3月、長嶋茂雄は重度の脳梗塞を発症し、以後、長い療養生活に入った。2013年5月5日、東京ドームで、松井秀喜は恩師長嶋茂雄とともに、国民栄誉賞を受賞した。おそらくはヤンキース移籍の恩讐を超えて、長嶋と松井の師弟関係は終生続いていたはずだ。

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