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ライフ #日本野球の今そこにある危機

松井秀喜に「名選手必ずしも名監督ならず」は当てはまるのか…? 「織田翔希のドラフト強行指名」翌日の就任発表の"深い意味"

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巨人の監督就任会見で、山口寿一オーナーと握手する松井秀喜(写真:時事)
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織田翔希を強行指名した巨人も同様に彼を説得して、メジャー挑戦を翻意させる気なのだろう。しかし今の巨人には、織田を説得する材料に乏しい。また大谷の時の日本ハムのように「確たる育成計画」を持ち合わせているかも不明だ。

そこで巨人が切ったカードが「松井秀喜監督」ではないか。松井秀喜は、巨人にとって、そして日本球界にとって、それほどのビッグネームなのだ。

「5打席連続敬遠」された怪物打者

松井秀喜は、1974年生まれ。イチローより1学年下で、石川県星稜高校時代から、圧倒的な長距離打者として「ゴジラ」の異名をとっていた。1992年8月16日、夏の甲子園の2回戦で、明徳義塾高は、星稜高の松井を「5打席連続敬遠」した挙句に3対2で勝利した。

ルール的には問題はないとはいえ、これは「勝利至上主義の極み」ではないかと、メディア、野球ファンは大いに騒いだが、それくらい松井秀喜の打撃は恐れられていたということだ。

この年11月21日のプロ野球ドラフト会議では、4球団競合となったが、巨人の長嶋茂雄監督が松井の当たりくじを引き当てた。長嶋茂雄と松井秀喜の「運命の師弟関係」は、この瞬間にできたと言ってもよい。

松井秀喜は2年目の1994年から外野手としてフル出場し、翌1995年にはベストナイン、1996年にはMVPを獲得している。1998年、2000年、2002年と本塁打、打点の二冠王。2001年には首位打者。MVP3回。

ONと呼ばれた長嶋茂雄、王貞治の2人の強打者は合わせて14回ものMVPを受賞し、2人で長期間「リーグ最強打者」の座を独占した。

しかし1980年に王が引退して以降、原辰徳(1983年MVP)やクロマティ(1989年MVP)らが活躍したが、ONのように長年リーグの頂点に君臨し続ける打者は、松井の登場まで現れなかった。松井秀喜は、王や原に続く「巨人の主砲」だと言ってよい。

このままキャリアを重ねれば、2500本安打、500本塁打、1500打点などONの数字に迫る大打者になるのは確実だと言われた。

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