洗足駅が3つの区の境界にあることも関係しているだろう。洗足駅は目黒区にあるが、駅の東側はすぐ品川区で、環状7号線の南側は大田区北千束になる。そもそも「洗足田園都市」自体が、現在の目黒区、品川区、大田区にまたがって開発された。
目黒区から見ると洗足駅は区の南東の端に位置し、駅の利用圏の多くは他区にある。どの区にとっても、自区の拠点として重点的に投資する動機が生まれにくいと考えられる。
防災上の危険性が低い
田園都市株式会社が幅の広い道路を整備したことで、再開発による是正が急がれるような危険な箇所がないことも大きいだろう。
前編で触れたように、洗足では1921(大正10)年に耕地整理組合が設立され、道路と区画が整えられた。道路の幅員は4m以上とされた。
戦後に土地は細分化されたものの、街の骨格となる道路網は田園都市株式会社がつくったものである。無秩序に住宅が建て込み、狭い路地が入り組むような市街地にはなっていない。
ただし、西小山駅に近い原町一丁目と洗足一丁目の一部は老朽化した木造建築物が密集しており、目黒区は2001(平成13)年度から木造住宅密集地域整備事業を進めてきた。この一帯は洗足田園都市の区域外であり、1923(大正12)年の目蒲線開通に伴い西小山駅を中心に市街化が進んだ地域である。


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