――自分がモデルのルルちゃんが、「悪い子」に描かれていると感じたわけですね。
今思えば、それは「等身大の子どもの姿」なのですが、当時は私自身が子どもですから、そうは思えませんでした。今、大人になって考えてみると、それは誰もが通り過ぎる「あるある」なのですが、読んだときの嫌な思い出のために、復刊希望があってもなんとなく見て見ぬふりをしていたのです。
ただ、きっかけになったのは、2019年に行われた「せなけいこ展」です。このシリーズの原画が展示されたことで、「読んでみたい」という声がすごく大きくなったんですね。
――復刊希望の声が、さらに広がったというわけですね。
そうなんです。そこで母の書庫に行って、改めて読んでみることにしたのです。私は手元に持っていなかったので。
母の「あとがき」で初めて知った真意
本当に久しぶりに「おおきくなりたい絵本」シリーズをじっくりと読みました。すると、自分でも驚いたのですが、「あれ、なかなか悪くないんじゃない? いや、すごくいいかも」という気持ちになったのです。大人になったから、そう感じたのかもしれませんが、何より描かれているルルちゃんがすごく生き生きしているんですよ。
改めてじっくり見てみると、この頃のせなけいこの絵は、すごく脂が乗っているんです。とてもモダンで、そのうえすっきりしている。それに、いろいろな技法を試していることがわかります。台紙を使わず、白い紙の上にいきなり描いてみたり、コラージュで表現したり。
――デビューから5年ほどの作品ですから、いろいろなことを試していたのかもしれませんね。
意表を突かれたのは、母が当時書いた「あとがき」です。思わず目が潤んでしまいました。この絵本に込めた母の深い思いが、綴られていたからです。「本当はこんな気持ちで、私のことを描いていたのか……」と、50年を経て、母の真意を知ることができました。
――1974年に発売されたときには、黒田さんは6〜7歳ですもんね。
小さかったですし、「あとがき」なんて読んでいなかったんですよ。今回、私が「あとがきのあとがき」を書くことになって、改めてじっくり読んでみました。
母は子どもの世界を、ずるいところも含めて描いていることがわかりました。かわいいだけじゃない子ども、楽しいだけじゃない子どもの日常を描いている。母が絵本を描いていた時代は、小さな子には大した感情はないだろうという見方もありました。でも、せなけいこは、小さな子どもの、まだ言語化できない感情を絵で表現しています。悔しさ、悲しさ、情けなさみたいな、泣きたい気持ちを汲み取っているんですね。きっと本人が、小さい頃泣き虫だったことも関係していると思います。


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