辞書で「失格」を引くと、たしかにdisqualificationという単語が出てきます。ですから辞書的に言えば、「disqualification of human being」が「人間失格」となります。
でもこのdisqualificationは、試合や試験などで資格を失う場合によく使われる言葉です。ルール違反などによって、「参加する資格がない」と判定されるイメージがあります。
では、『人間失格』は「人間という競技に参加する資格を失った」という物語なのでしょうか。間違いとまでは言えませんが、どこか事務的で、作品の持つ絶望や疎外感が伝わりにくい気がします。
日本語と英語は、一つの単語が一対一で対応しているわけではありません。「失格」という単語だけを見ていても、この作品に合う英語にはたどり着けないのです。
作品のどこを切り取るのか
長く広く読まれてきたドナルド・キーン訳では、『人間失格』の英題はNo Longer Humanです。no longerは、「もはや〜ではない」という意味です。つまり、「もはや人間ではない」。
こちらのほうが、主人公が人間社会を理解できず、自分はそこに属することができないと感じている作品の空気を、強く伝えているように思います。「資格があるかどうか」という判定ではなく、「自分はもう人間の側にはいない」という絶望を、短い言葉で突きつけてくるからです。
面白いことに、『人間失格』には別の英訳もあります。マーク・ギボーによる2018年の新訳では、タイトルがA Shameful Life、「恥に満ちた人生」とされています。
No Longer Human と A Shameful Life。
同じ作品なのに、タイトルがまったく違います。前者は「人間でいられない」という疎外感を、後者は主人公が自分の人生を恥じる感覚を前面に出しています。
どちらか一方だけが唯一の正解なのではありません。作品のどの部分を受け取り、英語で何をいちばん強く伝えるか。その選択に、翻訳家の読み方が表れるのです。


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