2025年9月29日、チェコ・プラハ。年に1度のグローバル幹部会議に出席していたアサヒグループホールディングス(GHD)の勝木敦志社長の元に、1通のメールが届いた。現地時間は午前7時42分。
「忘れもしない。あのメールで初めて、正確に事態がわかった」――。
日本国内ではすでに異常を検知し、全ネットワークを緊急遮断していた。身代金要求型ウイルス「ランサムウェア」が、同社の生命線である物流網をダウンさせたのだ。
勝木社長は海外から緊急指示を出しつつ、帰国後は「現場のノイズにならない」ことに徹した。現場はすでに生成AIを駆使し、手作業による自律的な出荷対応を始めていたからだ。結果として、初期の「封じ込め」は驚異的なスピードで完了した。
だが、現実は非情だった。現場の奮闘むなしく、システムの完全正常化には約5カ月の歳月を要した。約11万5000件の個人情報が漏洩し、棚卸資産の廃棄などを合わせた最終的な経済的ダメージは、実に約400億円に上った。
アサヒの事件以降も、物流大手のアスクルや冷蔵倉庫大手のニチレイでランサムウェア被害が発生。さらに、この9月末から10月上旬にかけて、外部からの不正アクセスにより、パーク24の「タイムズカー」が約660万件分、「焼肉きんぐ」を運営する物語コーポレーションでは1078万件余りの情報漏洩があったことを明らかにした。
そのほかにも、JR東日本や佐川急便、日本経済新聞社、大和証券などが直近で不正アクセスの被害を受け、情報漏洩の可能性を明らかにするなど、業種を問わずサイバー攻撃の被害は枚挙にいとまがない。
「十分な対策をとっていると思っていたが、どこかでわれわれのセキュリティの成熟度が足りなかった」。アサヒGHDの勝木社長はそう悔やむ。現場の努力や初期対応は機能したにもかかわらず、なぜ被害は拡大したのか。その裏には、アサヒGHDのみならず日本企業全体が直面する恐ろしい「死角」が潜んでいた。
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