大学生活が進むにつれ、市村氏の情熱はコレクションの域を完全に超えていた。買い付けのために休学してタイへ渡るなど、足を使って知られざるアーカイブを掘り起こし続けていった。そして、大学生活も後半に差し掛かり、市村氏は上田で自らの古着店を構える決断をする。
両親の大反対を押し切って開業。「別冊DCブランド」を掲げる真意
市村氏の両親は共に自営業であり、特に母はアクセサリーのバイヤー兼デザイナーでもある。何より、市村氏にDCブランドの熱狂を教えた一人だ。息子のアパレルショップ開業を好意的に受け止めたのではないか。そう尋ねると、市村氏は「逆にものすごく反対されました」と笑う。
「特に母からは『温室育ちでハングリー精神もないあんたが、よりによって今一番売れないDCブランドの店を長野で出すなんて正気か! 就活せえへんって嘘やろ!』と(笑)。両親ともに商売の厳しさを知っている分、神戸・芦屋でおっとりと育った私のことが、本当に心配だったんだと思います」
それでも自らの直感を信じた市村氏は、学生時代のアルバイトで貯めたなけなしの自己資金を握りしめ、24年に「SNOB」をオープンさせた。内装費を抑えるため、友人たちを総動員してDIYで改装。かかった費用はわずか10万〜20万円ほどだったという。
「よく分かっていないからこそ突っ走れる初期衝動って、やっぱりあると思うんです」
その熱意は、やがて予期せぬ縁を引き寄せる。開店当初は閑古鳥の鳴く日が続いていたが、ある日、上田市出身のスタイリスト・小沢宏氏が散歩中に偶然店舗を見つけたことをきっかけに、雑誌『POPEYE』での紹介や寄稿へとつながる。
「小沢さんからは『服屋は常に“じゃない方”をやるべきだ。メインストリームに対するカウンターカルチャーであり続けなければならない』とエールをいただいたのをよく覚えています。すでに流行っているトレンドを右から左へ紹介するのではなく、世の中の人がまだ知らないもの、見たことのない価値を提示し続けることこそが服屋の矜持なのだと。
今ではこうしてポップアップや寄稿をさせていただけるようになりましたが、現在の自分を小沢さんのお言葉に照らし合わせると、私が自分自身のカルチャーとして成熟させ、世の中に『見たことのないもの』として新しく提案できる最大の武器が、まさにDCブランドだったのだろうと思います」


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