だが著者のなかには、「こんな不条理に負けたくない。社会の犠牲になどなりたくない。誰にも知られずに死にたくない」という炎が灯った。そして、「残りの人生が限られているなら、逆境をすべて吹き飛ばして生きてやろう」と覚悟を決めた。
残されていた数少ないチャンスのひとつは、受験だった。それまでは進路を決断できず受験勉強から逃げていたが、受験で人生を逆転できるのなら、人生を懸けた挑戦をしてみようと思ったのだった。
ここまでなら、考えられない話ではないだろう。しかし著者の場合は、発想が飛び抜けていた。
それはまさしく、日本最高峰の東京大学に入学することであり、そのために東大合格者を多く輩出する横浜翠嵐高校を受験することでした。
横浜翠嵐高校は、神奈川県トップの公立高校。塾や予備校に通わなくても、学校の授業だけで東大合格が目指せるという言葉を謳い文句にしていました。これだけ難易度の高い目標なら、生きる意味を見出せると思った僕は、残りの時間をすべて勉強に捧げようと思いました。
(『ヤングケアラーの僕が東大に合格するまで』21ページより)
要するに、「あと1カ月で死ぬかもしれないから、東大を目指そう」ということである。著者自身、「このときの決断はあまりにも馬鹿げていました」と述べているが、読者であるこちらの解釈を超えた発想でもある。
だが、「死の恐怖というものは、本当に運命を変えてしまうのかもしれません」という言葉どおり、そう思ったからこそ道は開けたのだ。
受験勉強と家庭崩壊
かくして著者は翠嵐高校に合格し、東大受験に向けた勉強を始めるのだった。塾に通うお金もないからできることは限られていたが、それでもお金をかけずに勉強するための方法を見つけ、着実に学力を高めていったようだ。
学校行事にも積極的に参加していた著者の高校生活は、はた目には充実しているように見えたかもしれない。だが、病気のせいでなにもかもがうまくいかない父親は自暴自棄になり、家族に当たり散らすようになっていく。
新型コロナウイルスの影響でステイホームを余儀なくされた著者にとって、荒れる家庭での学びは楽ではなかったようだ。体調不良のため訪れた医者では、「精神疾患の疑いがある」と判断される。


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