つまり、プロフェッショナルな働き方は、自分で自分のキャリアを決められるが、その代わり、転職の度に人材市場の厳しい査定に晒される。選んでもらえるよう「成長」やら「キャリアアップ」やらをし続けねばならない。
そして、これが非常にしんどい。時間も体力もある若いうちであればやれるかもしれない。だが、人はどんなに優秀だろうと、タフだろうと、所詮はひとりの人間にすぎない。ずっと過酷な環境で頑張り続けられるわけではない。
「渡り鳥」キャリアが陥る悪循環
数年で次の会社へ、また数年で次へ。こうした「渡り鳥」のような働き方は、一見すると華やかに見える。
しかし内実は、常に不安定な立場に置かれ、専門性も中途半端になり、本人も疲弊していくという悪循環に陥りがちだ。
特にコンサルはそうだ。
コンサルは結局のところ、モラトリアム期間を過ごす場所である。自分探しの場所、大学のようなものだ。多くの業界を見ることができ、多くの課題に触れられる。その中で、自分が仕事として深掘りしたい具体的な業種やテーマを見つけられる。
逆に言えば、きちんとした目的意識がないと、何も見つけないまま、なんとなく時間だけを過ごせてしまう。前述のとおり汎用性の高いスキルを学べるから、やってる感が出る。目先の市場価値も上がっているように思える。
だが、コンサルのスキルは所詮汎用スキルにすぎない。若い内はそれでいい。だが、中高年になったときにそれだけでは生き残れない。
そして、コンサルはあらゆる業種のあらゆる職種の仕事に関わることができるが、それは裏返すと何も絞っていない。金融も製造業も小売も、全部扱う。戦略も業務改革もデジタルも、全部やる。だから、何も考えずに仕事をしていると、全く一貫性のない職務経験を積んでしまう。
本来、コンサルには業種や職種を容易に飛び越えられるという強みがある。自動車業界からヘルスケア業界へといった、普通の転職では難しいジャンプができる。
大きくキャリアをチェンジしたいときにコンサルは有効で、その意味でコンサルは「ジョーカー」である。だが、ジョーカーは普通のカードがあって初めて生きる。それしかないとゲームにならない。つまり、コンサルという仕事はどこへでも行ける可能性がある一方、何も考えずに行動していると、どこにも辿り着けなくなる。


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