トヨタが誇る歴史的なスポーツカーといえば、1967年に発売された「トヨタ 2000GT」が有名だ。だが、その元祖と呼べるモデルが存在していたことをご存じだろうか。それが「トヨタ パブリカスポーツ(以下、パブリカスポーツ)」と「トヨタ スポーツ800(以下、スポーツ800)」だ。
パブリカスポーツは、62年の「第9回全日本自動車ショー(現在のジャパンモビリティショー)」にコンセプトカーとして出展。当時の最先端だった航空機技術を数々投入したことで大きな話題となり、その市販モデルとして65年にスポーツ800が登場。その後のトヨタ2000GTはもちろん、「AE86型カローラレビン/スプリンタートレノ」「スープラ」「レクサスLFA」など、歴代の名だたるスポーツカーへと続くトヨタのスポーツカーの源流のひとつになったといえる。
当記事では、そんなパブリカスポーツやスポーツ800が、実際にどのようなクルマで、どんな点が画期的だったのかをピックアップ。ヘリテージカーイベント「オートモビル カウンシル 2026(4月10~12日・幕張メッセ)」のトヨタ・ブースに展示された復元車両を間近に見た印象も踏まえながら、名車2台の足跡や功績などをたどってみたい。
現代に復元された幻の名車「パブリカスポーツ」
世界的にスポーツカーが人気を集めるなか、自社製スポーツカーの必要性に対応すべく開発されたのがパブリカスポーツだ。空冷水平対向2気筒エンジンなど、大衆車「パブリカ(61年)」の基本コンポーネントを流用しつつ、本格的なスポーツカーの研究・実験用として製作された。


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