大学時代から農業に関わる仕事を志し、加商株式会社(現・豊田通商)に入社しました。入社後は食料・農業関連の業務に携わり、95年には現地法人「Myanmar Kasho Co., Ltd.」の設立に参画。02年までヤンゴンに駐在しました。
日本への帰任後も約7年間にわたって同分野の仕事を続けるなど、長年、食料と農業に深く関わってきました。
再びヤンゴンへ
2016年には再びヤンゴンに赴任しましたが、自動車関連の仕事が中心となりました。日本への帰任後も同部門への配属が決まっていたことから、定年まであと2年という時期に退職を決意しました。
「残りの人生は、自分の好きなことをやらせてもらおうと思いました」
食料の輸出入に携わっていた頃、市橋さんは「農産物にもっと付加価値を付け、事業化すべきだ」と周囲に語っていました。しかし、そう提案しながら、自らは何も実現できていない。その思いが、長く心に残っていたといいます。
「1995年に駐在した当時は、街を走る車も少なく、携帯電話は高価で、ほとんど普及していませんでした。16年からの2度目の駐在では、車が増えヤンゴン市内は渋滞、ショッピングセンターは多くの人でにぎわうなど、生活環境は20年で格段に便利になりました」
2度の駐在を通じて、市橋さんはミャンマーの生活環境が大きく変化していく様子を目の当たりにしました。一方で、変わらない魅力も感じていました。
「それは、この国が秘める可能性です。とりわけ、多様な農産物を育む大地は、ミャンマーにとってかけがえのない宝物だと思っています」


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