病室でスタッフが、アクリル板に印刷した50音表を一文字ずつ指していく。ア行ですか、カ行ですか。まばたきかうなずきで答えが返ってくる。20〜30文字の訴えを聞き取るたびに、5〜10分。声を出せない患者を受け持つ病院なら、珍しくない光景だ。
その時間が、沖縄県浦添市の嶺井第一病院で今、数秒から数十秒に変わりつつある。患者がメガネ型のデバイスをかけると、視界に50音表とAIが先回りした言葉の候補が浮かび、選ぶだけで合成音声が代わりに話す。今年1月から4月にかけて行われた実証実験には、延べ25名の患者が参加した。一つの訴えを聞き取る時間だけではない。リハビリテーション科部長で作業療法士の與那城一哉氏は、筆談やアクリル板を使ったやり取り全体でみても、かかる時間はおおよそ60〜70%減ったと語る。
望むケアと推測のケア、その間の葛藤
こうした患者の多くは構音障害を抱えている。脳血管疾患や気管切開などで、意識ははっきりしているのに言葉をうまく発せられなくなる障害だ。アクリル板の50音表だと、指差しの途中で行がずれただけでやり直しになる。
時間が足りないとき、スタッフは患者の望みを推測で補うしかない。與那城氏は当時をこう振り返る。「訴えの聞き取りが難しい方に接するときは、なるべく意思表示をさせない空気感があった。時間に追われ、『血圧測りますね』と有無を言わさず業務をこなしていくところがあった」。患者が本当に望むケアと、推測で出すケアとが食い違う。そこに日々の葛藤があったという。


※ログイン後、コメント入力が可能です。