意思疎通の回復は、人によってはさらに先まで届く。実証に参加した60代の男性患者はIT分野に詳しく、注文を次々に出した。ロケットスタジオはその多くを1〜2週間で製品に取り込んだ。日本マイクロソフトの担当者が視察に訪れた際には、あらかじめ用意していた名刺をさっと差し出した。
與那城氏は驚いたという。病室で名刺が出てくるとすれば、用件があって訪ねてくる「保険会社か警察の方々かというぐらいのもの」で、患者の側から差し出す場面はまずないからだ。「病気で入院すると、仕事でも家庭でも社会的役割はほぼゼロに近い状態になってしまう。この方は製品開発への参加を通じて、社会とのつながりを取り戻した」と與那城氏は振り返る。
福祉の外から来た作り手たち
福祉を本業としない会社が、AIで福祉の道具を作る。ロケットスタジオだけの話ではない。名古屋の自動車部品大手アイシンでは、マイクロソフトの音声認識技術で、聴覚障害者の発話の認識率が20%から80%以上に上がった。日本マイクロソフト執行役員常務で最高技術責任者の野嵜弘倫氏は「障害者向けアプリの専門会社ではない会社がこうした試みをしているのがユニークだ」と話し、背景に障害者雇用の広がりと、AIによる開発障壁の低下を挙げた。
振り返れば、この取り組みで動いた人は皆、体験から動いている。與那城氏は展示会でMiRZAのデモを見たその日にロケットスタジオへ連絡し、経営層は自ら体験して購入を決め、拒否していた患者は一度試して夢中になった。
AIは開発の壁を下げた。ただ、この道具が現場に広がるかどうかは別の問題で、與那城氏によれば、鍵は価格ではない。視界に50音表が浮かび、頭の動きで言葉を選べる。そのスマートグラスならではの体験は、言葉で説明しても伝わらず、かけた人にしか分からない。足りないのは、試す機会そのものだ。


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