となると、人間がウェブサイトを読むこともなくなるので、そこに広告を出す意味があるかというと、ないですよね。そうなるとポップアップ広告もたぶんなくなるだろうという話になります。
そうなったときにメディアがどうやって稼ぐか、というのは難しい問題です。有料化してサブスクで読者を囲い込むやり方もあるかもしれないし、AI学習に利用された分だけお金を支払ってもらうというモデルを作るのもありかもしれません。
人間の文章を読みたいという欲求は残る
それともうひとつ、世の中にはやはり、AIの出力だけで満足する人ばかりではなくて、人間の文章が読みたい、という人もいます。
人間の文章と言っても、新しいiPhoneの発売時期と性能をライターがまとめる、といったような記事のことではありません。
個人の体験に基づいた当事者性のある文章とか、肌感覚のある文章とか、人間味を感じられるコンテンツが生き残っていくことは十分にあるのではないでしょうか。
例えば少し前まで、若い人はもう短い動画しか見ない、と言われていましたよね。でも若い人たちの間で、いまポッドキャストが人気があります。ポッドキャストでは短い番組はあまりなくて、20~30分あるものもあります。
それを最後まで聴くのが、ポッドキャストの聴き方として普通です。ちょっと前なら長すぎると言われていたものが、打って変わって10秒とか30秒のTikTokよりも良い価値があると言われるようになってきている。
もしかしたら、10年後くらいには、音声というかたちで聴くことの生々しさのようなものがより重要になってきていて、それが人間と人間の間を媒介するコンテンツとしては主流になっていく可能性は十分にあると思っています。
これからも、人間と人間が信頼でつながり、信頼している人同士の間で、コミュニケーションの一環としてその人が出力した文章なり動画なり音声なりを読んだり聞いたり見たりしたいという欲求は残っていくでしょう。
そうした欲求を出版社や動画メディアなどが媒介するという世界はあり得るのではないかと思っています。


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