2回目:「単純な勧善懲悪じゃないからいい」、富野由悠季のガンダムが薄っぺらな話のわけがない
3回目:クリエイターもファンの声に影響される 敵役が続編では味方になる訳、「Ζガンダム」への思い
4回目:『オリジン』と『SEED』、2作品で盛り上がった「ガンダム20周年」を振り返る
5回目:アニメが興行的にこけると、スタッフは"しけた人間"という扱いになってしまう
6回目:才能のあり方の違い、「遊び精神がないのが、"彼ら"に俺が勝てない原因だと思っている」
7回目:世界は社会主義以前に戻った、でも今はトランプがきらいなら「きらいだ」と言える
――7回目では、混迷の中でも「世界はよくなっている」というお話でした。第2次世界大戦前に空気が似てきているというような声もありますが、それでも昔よりは良いと。
戦前というか、もっと昔ですね。18世紀とか19世紀まで戻っちゃった。マルクス以前。その時代にはキリスト教や、いろんな尺度があったのかもしれないですけどね。
今は、(18〜19世紀に戻りつつ)そういう絶対的な尺度はなくなった。ということは、大きな喪失感はあるかもしれないけど、何らかの尺度でもって測られ、そこに当てはめられて、過酷な状況が生まれた時代よりは、むしろいい気がする。
――そうした時代の中で、ガンダムがどういうふうに受け止められてほしい、どんな存在であってほしい、という考えはありますか。
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