数え切れない数の企業を取材してきたが、もし1社「推し会社」を挙げるとしたらコマツである。その理由の中心には、坂根正弘氏がいる。
筆者がコマツを取材していた当時、坂根氏はすでに代表権を持たない会長に退いていた。だから業績のV字回復や「KOMTRAX」(GPSなどを搭載したコマツ独自のスマート建機)の誕生といった「坂根経営」をリアルタイムで取材できたわけではない。
だが幸運にも2011年、坂根氏に数時間にわたってインタビューする機会に恵まれた。そのロングインタビューの中で、忘れられない場面がある。
筆者は、あるライバル企業の“言い分”を坂根氏にぶつけた。ライバルいわく、建機の販売台数でコマツに負け続けている理由は「サプライヤーが増産してくれないから、当社も建機を増産できない」ということだった。これを聞くと坂根氏はぐっと身を乗り出して言った。
「あちらが本当にそう考えているのなら、悪いけれどもコマツはしばらく安泰です。サプライヤーというのは、苦しい時を一緒に乗り切って初めて信頼を寄せてくれるのです。そしていざ攻めようという時に、増産投資についてきてくれるものなのです。失礼ですがあちらは苦しい時に、サプライヤーとどう付き合ってきたのでしょうかね」
坂根氏が07年にCEOを退いた翌年、リーマン・ショックがあった。世界の建設需要は急減し、コマツの業績は大きく悪化した。自社の経営が脅かされているさなかに、坂根・野路(國夫、当時CEO)体制は全力でサプライヤーを支援した。
たとえば支払いをキャッシュに切り替えて、資金繰りを助けた。また融資を断られたサプライヤーには、銀行までコマツ役員がついていき、「わが社が支えていますから、なにとぞご融資を」と説得したという。
こういった努力を、ライバル企業はしたのか?と坂根氏は問うていたのだ。
中国で出会った“ミニ坂根”
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