本記事は、建設機械の需要が世界中で高まっているタイミングで行われたインタビュー。聞き手は本誌編集長・山縣裕一郎、企業情報部長・日暮良一(当時)。取材時のコマツの海外売上高比率は60%だったが、2026年現在は90%まで高まっている。「週刊東洋経済」2005年2月19日号に掲載された。
大活況の建設機械、グレーターアジアを攻める
——建設機械を取り巻く状況が2000年当時と比較して劇的に変わりました。この大変化をどう分析されていますか。
これは予想できませんでした。2001年に社長になったのですが、その期の営業損失が132億円。それが今期は960億円の見通しで実に1100億円近く改善しているわけです。01年当時、海外市場はまずまずでしたが、国内市場がピークから7割もダウンしていた。バブル景気のころが売れすぎたとはいえ、ピークから7割もダウンした業界はまずないのではないでしょうか。
当時、最悪の状況で、もっと悪化すると見ていたので、コマツの歴史で初めて、5%に相当する社員の方に希望退職をお願いしました。
世間では雇用に手をつける経営者は失格だとおっしゃる方もいるが、それは市場が5%や10%ダウンする段階で、人に手をつける場合でしょう。当時の建設機械はピークから7割の縮小だから強がりを言ってもいられなかったのです。
——経営を立て直すとき、社員にどういう道を示し、未来への動機づけをされたのですか。
当社は世界8カ国で同じモデルを作っているため、どこの国がどの程度のコストかわかります。それまで総コストで比較していたので、日本は高いということになっていましたが、製造コストを比較すると実は日本がいちばん低い。結局、日本の問題点は製造コスト以外のコストにあったわけです。そこで、社員には間接部門を効率化するが、モノ作りの競争力には自信を持っていいと言いました。
それと、成長とコストを分離するという考えを徹底しました。つまり成長とコストを分けて考えるということです。とかく成長のためにはコストも必要だといった議論になりがちです。そこを分離し、まずコスト削減を徹底し、結果として成長するなら、その成長に見合った投資をするということを明言しました。
——コマツは80年代から半導体材料に進出するなど多角化を進めてきましたが、今回の経営改革では多角化部門にメスを入れました。
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