「昔は中内(㓛)さんや、堤(清二)さんたちに小僧扱いされたもんだよ。それがみんなダメになって、うちだけが残った」
セブン&アイ・ホールディングスで会長兼CEOを務めていた当時、鈴木敏文氏は、流通業界の興亡についてこのように振り返ることが多かった。
かつてのイトーヨーカ堂は、関東の小さなスーパーのチェーンとの位置づけだった。価格破壊を打ち出して流通業界の革命児と呼ばれた中内氏が率いていたダイエーや、堤氏が率い西武百貨店(現そごう・西武)を中心に西友やパルコ、ファミリーマートなどを擁していたセゾングループなど、巨大流通グループが存在していたからだ。
そのときの悔しい思いがあったからだろう。アメリカのコンビニエンスストアを日本に持ち込んで、国内初の本格的なコンビニチェーン「セブン-イレブン」を生み出した後、日本最大の流通グループにまで育て上げた自負を持って鈴木氏はこのように語り、「時代や経済環境の変化に対応してきた結果だ」と訴えた。
流通業界のカリスマが93歳で逝去
セブン&アイ・ホールディングス(HD)の名誉顧問、鈴木氏が5月18日、心不全で死去した。93歳だった。
鈴木氏は中央大経済学部を卒業後、東京出版販売(現トーハン)を経て、1963年にヨーカ堂(現イトーヨーカ堂)に入社。92年に創業者の伊藤雅俊社長(当時)が総会屋への現金供与事件で辞任したことを受け、副社長から社長に昇格した。
2003年からはヨーカ堂とセブン-イレブン・ジャパンの会長兼最高経営責任者(CEO)として、グループ全体の指揮を執った。05年には持ち株会社セブン&アイHDを設立し、会長兼CEOに就任。翌年には、そごうや西武百貨店を傘下に持つミレニアムリテイリング(現そごう・西武)を完全子会社化した。日本チェーンストア協会会長や経団連副会長なども歴任した。
突然の訃報に、ライバルであるコンビニチェーンからは、「業界発展への強い想いと、厳しくも温かなお人柄を感じました」(ローソンの竹増貞信社長)、「コンビニエンスストアという新たな文化を根付かせ、人々のライフスタイルを劇的に変革し、社会インフラへと育て上げられた流通業界の偉大な先駆者であられました」(ファミリーマートの小谷建夫社長)といった声が寄せられた。
反対論を押し切ってコンビニを展開
ファミリーマートの小谷社長の言葉通り、鈴木氏はコンビニを社会インフラへと育て上げたコンビニの「生みの親」とも言うべき存在だ。
鈴木氏はイトーヨーカ堂で店舗開発を担当していた1970年代初め、中小規模の小売店を活性化させるため、アメリカで急成長していたコンビニに着目。当時は大規模店が趨勢を占めており、社内では「小型のコンビニなどうまくいくわけがない。時期尚早だ」との反対論が大半だった。

しかし鈴木氏はそれを押し切ってアメリカのサウスランド社と提携。74年、東京・江東区にセブン-イレブン1号店を誕生させた。
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