姿を変えて町に残った炭酸水
なお、この炭酸水の物語には、続きがある。「笠置まちづくり株式会社」の元事務局長の松井仁さんが、隣接する和束(わづか)町の永田茶園と組んだのだ。そして、炭酸水に抹茶を加えた「チャイダー」を企画した。
当初、まちづくり会社の事業として動き出したが、予算の壁に直面し、いったん計画は止まった。松井さんは退職後、個人でこの企画を引き継ぎ、お茶の京都DMO(観光地域づくり法人)から50万円の補助金を得て、商品化にこぎつけた。最初は5000本。7割はすでに売れたという。
筆者も試飲した。一口飲むと、予想以上の抹茶の香りと味が鼻と口に広がる。炭酸が消えたあとも風味の余韻がしばらく残った。町から消えたはずの炭酸水は姿を変え、今もこの町に残っていた。
廃墟ホテルは今も朽ちたまま、温泉施設は止まったまま。人口は年々減り続けている。それでもこの町には、キャンプ場を守る人、一本のサイダーに気持ちを込めて作り続けている人たちがいることがわかった。
また、今回の取材を町役場に依頼した際、ぜひ話をしたいと逆オファーを受けた人がいる。笠置町の町長だ。外野から見ると、人口、産業ともに取り残された孤島のように感じる町だが、町長は明るい顔でこう話してくれた。
「笠置町は日本で最先端の町です」
人口約1000人の小さな町の何が最先端なのか。後編では町長からその答えを聞いた。


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