ところが、NHKにはスポンサーという外部監視装置が存在しない。視聴者からの受信料を主な財源としているため、不祥事を起こした際に外部からの懲罰的な動きが出にくい構造になっている。だからこそNHKには、民放以上に強力な内部統治と説明責任が求められる。
ところが、今回の事案では、そのような自浄作用が働いていない組織であることが露呈してしまった。職員は被害から1年数カ月後、職場に性被害を打ち明け、別部署での復職を強く希望した。主治医もNHKの産業医も異動を提案した。
それでも人事担当者は、例外を認めることで他の休職者への対応に影響が広がることを懸念し、「原則」を優先したという。さらにNHKは、対応した職員の中に被害そのものを懐疑的に見る者もいたと説明している。
ここには巨大組織特有の官僚主義が表れている。本来、規則とは人間を守るために存在するものである。しかし巨大組織ではしばしば、「この人をどう救うか」より先に「この案件を例外扱いしてもよいのか」という発想が出てくる。
加害者についての情報はほとんどなし
例外を認めれば判断した側が責任を負うことになる。しかし、既存のルール通り処理しておけば、少なくとも担当者個人は「規則に従っただけ」と説明できる。こうして誰か1人が積極的な悪意を持っていなくても、組織全体として間違った結果を生み出してしまう。
また、それと同じくらい疑問が残るのが、性加害を行ったとされる出演者についてNHKがほとんど具体的な情報を明らかにしていないことだ。当該出演者は飲酒していたため記憶がないとしつつ、「もしそうした事実があったのであれば申し訳ないことをしてしまった」という趣旨の回答をしている。現時点ではその出演者の氏名だけでなく、どの番組の出演者だったのかといった詳細も明らかにされていない。


※ログイン後、コメント入力が可能です。