異体字の歴史は非常に古く、最古の漢字である「甲骨文字」の中にも、同じ漢字に何通りもの書き方があったりしますが、特に秦から漢の時代に全国に役所が建てられ、多くの役人が日常的に漢字を書くようになると、より簡単に文字を書こうとして字形を崩す傾向が強まってきました。
また、文字を書く道具と素材が多様化したことも、異体字の増加に拍車をかけました。
多くの異体字が生まれたのは当然
たとえば石に文字を刻んで石碑を作るときには鉄の鑿(のみ)が使われ、表面が滑らかな紙に文字を書くときには、先にヒツジなどの毛をつけた筆が使われます。
このように別の道具を使えば、同じ人が同じ漢字を書いても、同じ形で書かれるほうがむしろ不思議だといえるでしょう。文字文化の多様化とともに、多くの異体字が生まれたのは当然のことでした。
中国が南北に分かれた南北朝時代では、北方ではたくさんの「造像記(ぞうぞうき)」(仏像建立の由来を岩に刻んだ文章)が作られ、南方では王羲之(おうぎし)をはじめとする貴族たちが、優美な行書をさらさらと紙に書いていました。


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