国民に「安心を提供する政策」を、私のようにパッケージとして提示しているところはほかにないと思います。物価高対策というのは一個の要素にすぎません。手取りを増やすのも一個にすぎないのです。そうじゃなくて、国民の立場から、国民が安心して生活できる政策をパッケージとして提供することが今、求められています。
国民に安心を提供するうえで大切な視点が、もう1つあります。生活の安心というとき、その安心には「お金の安心」と「もしもの安心」の2つがあるということです。明石市長時代から主張してきたことです。
人がお金の不安を払拭して安心を得るには、継続的な支援が欠かせません。選挙対策で1回2万円を給付しておしまい、ではダメなんです。18歳までずっと支給される児童手当のように、継続的な支援でなければ安心は生まれません。
そして、病気や事故、介護など、もしものことがあっても大丈夫なように、公助・共助の体制をつくっていく政策も、生活の安心には欠かせません。ところが、高市政権にはこの公助・共助の観点がかなり弱いようです。
高市政権がいくら頑張っても、国民の生活は苦しいままかもしれない
ほかの分野に比べると、現実的な「お金の安心」と「もしもの安心」を支えるような政策について、高市さんからの積極的な発信が見受けられないのです。もともと、そのあたりについての関心はあまり高くないのかもしれません。
つまり、高市政権が掲げる積極財政の具体的な中身が何なのかというと、「戦略17分野」の成長産業・防衛産業を応援するということなのでしょう。しかし、そんなものを応援したところで多くの国民の生活が助かるわけではありません。
高市政権がいくら頑張っても、残念ながら国民の生活が苦しい状況は続くでしょう。逆にいうと、高市政権に代わる新しい勢力の必要不可欠性があり続けるということです。いかにしてその新しい勢力を結集するか。野党は今、それを問われていると思います。



※ログイン後、コメント入力が可能です。