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「できない」と連呼したら頬にバッテンも…84歳"キャンディ先生"がアート教室で58年教えてきた「自分らしい生き方」

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浅葉和子 アサバアートスクエア
横浜市の「アサバアートスクエア」で教える浅葉和子さん(撮影:森本絢)
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中学生の頃、皇族の島津貴子さんがデザイナーとして民間就職をしたニュースが世間で話題になり、デザイナーという仕事に憧れを抱くようになる。高校の弁論大会では、「将来はデザイナーになる」と宣言した。

しかし、女性は洋裁を習ってお嫁さんにいくことが幸せとされていたなか、東京の美大に進む進路に、母親はいい顔をしてくれなかった。

諦められない浅葉さんは、母と共に過ごしながら少しずつ気持ちを伝え、受験料はお年玉を貯めて自ら工面した。願書を出す頃には母親も理解してくれるようになった。1960年、武蔵野美術大学商業デザイン科に入学。自らの人生を大きく前進させるとともに、「やりたいことができる幸せ」を実感した。

「人間には、これがしたい、という内側から求めるようなものがあるんです。本能的に、これをしている時が幸せだと感じられることが、大人でも子どもでも必ずあると思う。そういうものを見つけられたら、どうにか実現したくてがんばれるし、それが幸せにつながっていると思います。大抵そういう時は、物事もうまく進んだりするんですよ」

内なる声を大事にする。この気づきは後のデザイン教室で子どもたちの自主性を重んじる方針に直結し、結果として多くの親子の支えとなっていく。

(撮影:森本絢)

大学卒業と同時に美術印刷で知られる光村印刷の制作部に就職した。ここで、デザイナーの浅葉克己さんと出会い、結婚。「デザインは彼に任せて、私はイラストレーターになろうかな」と考えた浅葉さんは退職し、克己さんの実家がある横浜市金沢区に引っ越した。

最初の生徒「豊くん」との出会い

その後ほどなくして登場するのが、冒頭の「豊くん」である。ある日、浅葉さんが美大出身と聞いた母親が豊くんの手を引き、「息子に絵を教えてほしい」とやって来た。

「気軽に引き受けたけど、今思うとあれが本当に全ての始まりだったと思う」

週に1度、豊くんが来ると一緒に犬の散歩をしたり、近所の山で遊んだりしてから、やっと絵を描き始める。そんな過ごし方を楽しんでいたら、豊くんのお友達も来るようになった。

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