「キャンディ先生」という愛称で呼ばれることも多い浅葉さんは、明るい笑顔が印象的な人。生まれ故郷は温暖で日照時間が長いことで知られる静岡県袋井市だと聞き、妙な納得感を覚えた。
「子どもの頃、“ニコニコさん”ってあだ名をつけられていた」と言うが、84歳の今も太陽のようなニコニコさんなのである。
独特の環境が育んだ、自由な価値観と表現する喜び
しかし浅葉さんが生まれたのは1942年、終戦の3年前だ。社会の明るさや豊かさは身を潜めていた時代。父親は早くから戦地に出向いたため、父と過ごした経験はほとんどない。
父親の兄である叔父は幼い頃の事故により脳障害があり、サポートを要する人だった。浅葉さんは子どもの頃、その叔父と祖母との3人暮らしが長く、奇しくもこの環境が、自由な価値観を育むことにつながった。
「厳しい親がいなかったんです。よその家族がお父さんと一家団欒しているのを見かけると、寂しく感じることもあったけど、それも一瞬だけ。うるさい父親がいない分、一人で自由に過ごせて良いと思っていました」
好きなだけ空想の世界に浸ることができた。自宅周辺の川や田んぼ、茶畑が広がる環境でのびのびと過ごし、視界に入るものを次々に描いて、新聞紙やトウモロコシの葉っぱでお面やお人形を自作する日々。ただただ楽しく、表現する喜びを膨らませていった。

