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ライフ #戦う哲学者の晩年の独白

戦う哲学者が脳出血を経て行き着いた「死んで、かつ死なない」境地…20歳から60年恐れた「死後の永遠の無」は錯覚だった?

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中島義道 哲学者
以前は部屋に油絵作品がたくさん置かれていたが、「もう描いていない」という(写真は2013年の取材時のもの。撮影:風間仁一郎)
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どうも客観的時間というのはなく、我々が仕事をしていく上の単なる「取り決め」にすぎないのではないか。最近はそう思えるようになってきました。

そして、この「時間」という共通の取り決めと同じように、「私」という存在もまた、言葉によって作られた大いなる錯覚なのかもしれない。

人間は言葉を学ぶとみんな「私」という一般名詞に自分を当てはめてしまいますが、それも言語によるうそで、元々は言語化される以前の、他者と比べようもない独特な何か(生々しい自分自身)をよく知っているはずです。

他人と共通点があるかないかは無意味になるくらい、「私」というのは独特なものなのです。

60年やってきた哲学の前提が崩れていく

だから、世界の成り立ちの根本である「時間」と「自我(私)」のあり方を突き詰めれば世界の謎が解けるはずなのですが、60年間哲学をやってきて、なんとなくその前提が崩壊していく、崩れていくような感覚を抱いています。

これは、別に私のオリジナルではなくて、いろんな人が語っていることが実感的にわかるようになってきたということです。

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