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「妻の一言が私をミャンマーへ導いた」外交官人生・元駐ミャンマー大使が語るスーチー氏や軍政、日本人の知られざる歴史

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当時、ビルマ軍政の実力者の1人チョウ・ウィン大佐と丸山氏(中央)、枝美子夫人(写真:丸山市郎氏提供)
  • 西垣 充 ジェイサット(J-SAT)代表
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ミャンマーと日本には、第2次世界大戦中のインパール作戦をはじめとする歴史的なつながりが多くあります。そのことも背景にあるのか、スーチーさんは、多くの日本人から特別な親しみと敬意を持って受け入れられている人物だと強く感じます。

――新政権発足後のミャンマー情勢を、どのように見通しておられますか。

ミンアウンフライン大統領は、政府会議などさまざまな場で政治・経済政策について演説や訓示を行っており、その内容は国営紙にも掲載されています。

大統領は、「21年のクーデター以降に進めてきた政策が国民の支持を得た結果、選挙に勝利した」と繰り返し述べています。こうした発言を見る限り、新政権発足後も21年以降の路線を基本的に維持していくと考えています。

経済面では国内生産を拡大し、輸入を抑えて輸出を促進する「輸入代替政策」を今後も進めていくでしょう。現在も輸入ライセンスや外貨送金規制は、日本企業の事業活動に多大な影響を及ぼしています。新政権発足後も、こうした規制が緩和される可能性は低いと考えています。

インパール作戦:1944年3月から7月にかけて、日本軍が英領インド北東部インパールの攻略を目指して行った作戦。補給・兵站を軽視した無謀な計画で数万人の死者を出した末に日本軍は敗走した。

ミャンマー人がなぜ日本に来たのかを知ってほしい

――在日ミャンマー人が18万人を超える中、日本人がミャンマー人と関わるうえで大切にすべきことは何でしょうか。

現在のミャンマーでは、急激な物価上昇に加え国内各地で内戦や戦闘が続いています。徴兵制も始まり、安定した就職先を見つけることも難しくなっています。

平和で安定した日本で暮らす方々にとって、こうした状況を具体的に想像することは容易ではないと思います。しかし、日本で暮らし働くミャンマー人の多くは、そうした厳しい状況の中から日本へ来ているのです。

日本で働くミャンマー人の中には、母国に残る家族へ送金し、家族の健康や安全を気遣いながら生活している人も少なくありません。1人ひとりが、それぞれの事情や責任を背負い、日本で懸命に働いています。

まずは、現在のミャンマーの状況に関心を持ち、日本で働くミャンマーの方々がどのような背景の中で日本に来られたのか、そのことに思いを寄せていただければと思います。

――これから日本を目指す方、そして現在日本で暮らすミャンマー人の方々へ伝えたいことはありますか。

日本に来るミャンマー人の多くは、1年や2年といった短期間で帰国するのではなく、5年、10年、あるいはそれ以上の期間、日本で生活し、働くことを考えているのではないかと思います。

それは、自分の人生の中でも非常に大切な、長い時間です。だからこそ、単に日本で働くことだけを目標にするのではなく、その期間を通じて、どのように自分のキャリアを築いていくのかを真剣に考えてもらいたいと思います。すでに日本で経験を積んでいる先輩たちにも相談しながら、自分なりの将来像を描くことが大切です。

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