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「まるでラピュタ」な緑に侵食される廃墟…かつて《地図から消され》《立入禁止》だった軍事機密島の謎

8分で読める
友ヶ島の風景
かつて地図から消され、立入禁止だった軍事機密島がある(写真:筆者撮影)
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海を臨む要塞(写真:筆者撮影)
「バルス!」。要塞が崩壊している様を見て自然と発してしまうのは作品ファンとして正しい反応(写真:筆者撮影)
巨大な岩がいくつも置かれている(写真:筆者撮影)

「リゾート廃墟島」としての顔も

時計を見ると15時前。悪天候で1時間繰り上げられた最終便の時間が迫る。汗びっしょりの体とパンパンの脚を労わりながら余韻に浸り、フェリーを待つ。

“ラピュタの島”は、明治期に築かれた軍事施設の島だった。この場所が一度も実戦で使われなかったのは、兵器や戦術の進化によって要塞としての役割を終えただけにすぎない。国と国とが対立するのではなく、互いに手を携え合う世界であってほしいと、強く願わずにいられない。

130年の時を経て、自然が人間が築いたものを包み込んでいくように思えた。ここを訪れる人たちは、人間の業(ごう)さえも受け止めてしまう自然の力に、畏怖の念と、どこか救われるような安心感を覚えるのかもしれない。

友ヶ島の廃墟はこれだけではなかった。道中、昭和の面影を残す旅館や、かつてこの島をリゾート地にしようとした「南海電鉄」の文字が刻まれた案内板も目にした。

後編では、要塞としての役目を終えた友ヶ島のもうひとつの歴史を、探索写真とともに紐解いていく。(後編へ続く)

※参考資料
・『由良要塞Ⅰ〜大阪湾防禦の近代築城遺跡〜』 近代築城遺跡研究会発行 2009年6月
続きを読む→→→後編:廃墟だらけの「ラピュタの島」はかつて年間10万人が訪れた《リゾート地》だった…なぜ衰退し、再び人気になったのか

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