「忘れないですよ、あの衆議院選挙。忘れられない」
すべての畑を確かめに行くことはできなかった。それでも、何が起きているか、想像はついた。
「なるようにしかならない、と思いました」と敏雄さん。
雪がやんだ後、畑に出ると、実をつけた木が雪に覆われていた。収穫できた実もあるが、雪に当たった部分は水分が抜け、ほとんどがB級品(規格外品)になってしまった。まさかの事態だった。
納品を予定していた取引先には状況を説明した。SNSには厳しい現状を投稿し、協力を仰いだ。
規格外品を50キロ、何度も…一流ホテルの決断
すると、規格外品を50キロ単位で何度も購入してくれる取引先が現れた。箱根の「THE HIRAMATSU HOTELS & RESORTS 仙石原」だ(以下、ひらまつ仙石原)。
2016年に開業したひらまつ仙石原は、「滞在するレストラン」をコンセプトに掲げるスモールラグジュアリーホテルだ。2024年、2025年と2年連続で、卓越した宿泊施設に贈られる「ミシュランキー」に選出されている。その一流ホテルが、なぜ規格外の果実を大量に購入したのか。シェフパティシエの落合健太さんに話を聞いた。
「自然のことなので、雪はしょうがないですよね。ただ、思いを込めて作った人がいるから、そこで終わりにするんじゃなくて、何か形にしたいと思いました」
落合シェフと敏雄さんの出会いは1年前、2025年の夏。食材を探しているときに、たまたまネットで八木下農園が目に留まったという。「お客さまがここ(箱根)に来る価値を追求したい」と考える落合シェフにとって、箱根や小田原周辺で食材を探すことは、自然な流れだった。
さっそく八木下農園に地元の食材を探していることを伝え、畑を見学させてもらえないかと聞いてみた。「いいですよ」と二つ返事で了承を得て、パティシエ仲間とともに畑を訪ねたそうだ。
夏だったため、柑橘の実はまだ青かったが、ちぎった葉からは良い香りが漂っていた。斜面に広がる畑には、ブラッドオレンジやベルガモットなど、日本ではあまり栽培されていない品種の木もあった。「ここをシチリアみたいにしたい」と熱く語る敏雄さん。落合シェフは、甘さだけでなく、香りや旨味のバランスまで突き詰める姿勢に感銘を受けたという。

