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「辞表が出なければ天皇陛下に申し訳がない」
――石破さんは6月13日から26日まで、天皇・皇后両陛下がオランダ・ベルギーに公式訪問された際に首席随員を務められました。陛下に対して非常に敬意を払っていらっしゃる様子が、ネットでも話題になりました。
それは私の父の影響が大きいと思います。父・石破二朗は戦前には内務省に勤務し、戦後に鳥取県知事や参議院議員を務め、1981年9月に亡くなりました。生前に「こんなに誇りうる方はおられない」とたびたび言っていたのが昭和天皇でした。
その父が鈴木善幸内閣で自治相・国家公安委員長に就任後まもなく、がんが見つかり、手術をすることになりました。父は80年12月7日、手術の前日に私を呼び出して、いくつかのことについて「遺言だ」と伝えた後、封書を手渡して「これは辞表だ。田中(角栄氏)のところに持っていけ。もし手術中に死ぬようなことがあって、辞表も出ていなかったということでは、天皇陛下に申し訳がない」と言ったのです。
当時の私は三井銀行に入行して2年目でしたが、その言葉はとても印象に残っています。そして国会議員になり、私が天皇陛下のお近くでお仕事をさせていただいた最初は、麻生太郎内閣で農林水産相を務めたときでした。2009年6月に福井市で開催された植樹祭にお供をさせていただいた際、現在の上皇陛下、当時の平成の天皇陛下と関係者が会談する機会がありました。
上皇陛下は立ったまま、すべての方に同じようにお声をおかけになっていました。老若男女を問わず、社会的な役職を問わず、どんな人にも丁寧に、丁寧に接しておられました。そのお姿はまさに、ご自身で「国民統合の象徴」を体現されようとしておられたのだと思いました。


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