研究者たちが、文化を理解するためにもっとも広く使用する概念のうちの1つが、個人主義と集団主義だ(Triandis, 1995)。
文字どおり、個人とその人が属する集団間の相互関係をどう見るかがカギとなる。
日本人や韓国人が幸せでない理由
どんな社会に暮らしていようと、個人の好みや計画というのは、その人が属している集団(家族、会社、国家など)の意図と時に衝突するものである。
たとえば、私はAと結婚したいが、両親はBとの結婚を望んでいるというとき。
週末はサウナでリラックスして休みたいのに、上司からハイキングに行こうとメッセージが送られてきたとき。オーマイガッ。
このように、個人と集団の意図が全面衝突するとき、どちらの手を取ってあげるかが個人主義と集団主義の文化の核心的な違いだ。
個人の意図を尊重するのが当然だと思う文化は個人主義的性向が高いだろう。たとえば、アメリカやフランスなどの西欧諸国。
一方で、集団が個人に時に過度な要求をし、これを受け入れない人は自分勝手だという烙印を押される文化は集団主義的性向が強い。韓国、日本、シンガポールといったアジアの「いまひとつ幸せではない」国家たちが代表的な例である。
幸福感を予測するもっとも重要な文化的特性は個人主義だ(Diener, Diener & Diener,1995)。
所得水準が高い北米やヨーロッパ諸国の幸福感が高い理由も、実は相当部分がお金のためではなく、裕福な国家で花開く個人主義的文化のおかげなのだ。
だから、個人主義的性向を統計的に取り除くと、国家所得と幸せの関係がほとんど消滅してしまう。
つまり、個人主義は国家の経済レベルと幸せをつないでくれる一種の「接着剤」的役割を果たすのだ(Inglehart, Foa, Peterson & Welzel, 2008)。
逆に、この接着剤(個人主義)が足りない社会は、経済的発展をなしとげてもそれに見合った幸福感がついてこない場合がある。日本や韓国がそのケースでなのである。


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