逆に言うと、生成AIをうまく使えない人というのは、たいてい「ゼロから何か作らせようとする人」なんです。真っ白の状態から、AIに独創性を要求してしまう。それは、そもそもツールの性質に合っていない使い方なので、当然うまくいかない。
東大生は、そこに躓かない。なぜなら、彼ら自身が普段から「ゼロから作ろう」なんてしていないからです。常にお手本を参照して、そこから精度を上げていくスタイルが身体に染みついている。だから、生成AIに対しても、無意識にお手本を渡すところから始められる。
「東大生的な思考」の弱点も同じところにある
ただ、この話には裏面もあります。
「参考にすべき何かがある状態でこそ強い」ということは、裏を返せば、参考にすべき何もない領域では、東大生も生成AIも、同じように立ちすくむということでもあるんです。
まったく前例のない事業を立ち上げる。誰も見たことのない世界観のアートを生み出す。既存のカテゴリを解体するような発明をする——こういう領域では、東大生の強みは、正直あまり効いてこない。生成AIが同じ場所で凡庸になるのと同じで、東大生もまた、そこでは特別ではなくなる。
だから、京大や藝大出身の、まったく別ベクトルの発想を持つ人たちと組んだときに、東大生は真価を発揮する。相手が出した「ゼロイチ」の粗いアイデアを、精緻に膨らませて、社会に通用する形まで仕上げる。ゼロイチを1にした人と、1を100にする人がタッグを組んだときが、たぶん一番強い。
こう考えると、冒頭の人事の方の「なんで東大生は生成AI使うのがうまいの?」という疑問への僕の答えは、こうなります。
東大生は、思考の型そのものが生成AIとほぼ同じだから、同じ言語で会話できるんです。


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